偽装請負回避のポイント

労務
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はじめに

システム開発の世界では、セキュリティや作業効率等の理由から、エンジニア(作業者)が発注者(さらに上流の発注者の場合も多いです。)の事業場に常駐して開発業務を遂⾏する、いわゆるSES(システムエンジニアリングサービス)の形態が取られることが珍しくありません。
ですが、この形態は、いわゆる偽装請負のリスクを常に孕んでいます。

本稿では、偽装請負を回避するにはどうすれば良いかのアイデアを提供します。

偽装請負とは

偽装請負とは、契約書上は請負契約(準委任契約)であるものの、実態は労働者供給 (無免許での労働者派遣)であるものをいいます。

適法な請負(準委任)と違法な労働者供給の違いは、 前者は作業者への指揮命令を受託者が⾏うのに対し、後者は発注者が作業者に対し直接指揮命令を⾏なってしまうことにあります。そもそも、労働⼒の提供を⽬的とする労働者供給は原則として禁⽌されており(職業安定法第44条)、例外的に、派遣免許を取得した者にだけ、労働者派遣として⾏うことが許されています(労働者派遣法第5条)。

このように、労働⼒の提供を受けることが⽬的であれば、本来は労働者派遣により労働者を受け⼊れるべきなのです。他⽅、仕事の完成(役務の遂⾏)を依頼する⽬的だけであれば、労働⼒の提供が⽬的ではないわけですから、発注者が作業者に対し直接指揮命令をしてはいけないのです。
偽装請負の問題は、労働力の提供を受けることを目的としてしまっているのに、労働者派遣の手続を適切に行っていないことによる問題と言い換えることもできるでしょう。

以上が偽装請負の基本的な考え⽅ですが、労働⼒の提供を⽬的とする契約なのか、仕事の完成(役務の遂⾏)を⽬的とする契約なのかは、常に明確に区別することは困難です。
そこで、厚労省において、「労働者派遣事業と請負により⾏われる事業との区分に関する基準」(昭和61年労働省告⽰第37号。いわゆる「37号告⽰」)が公表されており、実務上、この基準によって区別が⾏われています。

■37号告示
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/dl/h241218-01.pdf

ただし、37号告⽰⾃体は、ご覧頂ければお分かりのとおり、基準としては⾮常に抽象的です。
そこで、厚労省は、これをより具体化した「労働者派遣事業と請負により⾏われる事業との区分に関する質疑応答集」を2つ公表しており、これも実務上よく参照されます。

■質疑応答集第1集
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/dl/haken-shoukai03.pdf

■質疑応答集第2集
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/dl/haken-shoukai03_02.pdf

37号告示と2つの質疑応答集は、以下の「労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド」にまとめられていますので、こちらを参照するのがわかりやすいです。

■労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000078287.pdf

ちなみに、偽装請負は、⼈員を送り込んだ側も、それを受け⼊れた側も処罰の対象となります。
したがって、受託者のみならず発注者にとっても、偽装請負の回避は重要な問題です。

(2023年1月26日追記)

本記事公開後、アジャイル型開発の場合を想定した質疑応答集第3集が公表されました。アジャイル型開発を行うことがある発注者/受注者は、一度目を通すとよいでしょう。

■質疑応答集第3集
https://www.mhlw.go.jp/content/000834503.pdf

偽装請負回避のポイント

以下では、37号告⽰と質疑応答集を踏まえた、偽装請負回避のポイントを解説します。

契約書、発注書等の記載内容の注意点

まず、契約書や発注書等の内容では、以下の点がポイントになるでしょう。

作業場所

そもそも、発注者の事業場で作業することにより、発注者と作業者の距離が近くなり、直接の指揮命令を受けてしまう⼟壌が⽣まれます。本当に発注者の事業場での作業が必要なのか、よく検討すべきです。
また、忘れられがちなのが、作業場所の使⽤料の規定です。これは、37号告示の要件として以下が要求されており、具体的には、設備等の利用について別個の双務契約が必要とされているためです。このように、使用料の定めの要否や規定の仕方について、十分に検討が必要です。

(3) 次のイ又はロのいずれかに該当するものであって、単に肉体的な労働力を提供するものでないこと。
イ 自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備若しくは器材(業務上必要な簡 易な工具を除く)又は材料若しくは資材により、業務を処理すること。

作業場所の規則の適⽤

作業者が発注者の事業場で作業する場合、契約書でよくあるのは、発注者の定める規則を遵守しなければならないという規定です。
これ⾃体で直ちに、発注者による指揮命令が推認されることはないと思いますが、発注者が作業者をコントロールしているかのような印象を与えますので、この ような規定の必要性は検討されるべきです。

時間単価による報酬算定

特に準委任形式の契約の場合、⼈⽉単価、⼯数ベースでの報酬算定が珍しくありませんが、これは、労働⼒で報酬を評価するものとして、偽装請負の疑いを⽣じさせる典型的な規定です。 もっとも、この点については、質疑応答集のQ8で以下の通り説明され、⼿当てされています。

「仕事を完成させ目的物を引き渡す」形態ではない請負業務では、当該請負業務の性格により、請負業務を実施する日時、場所、標準的な必要人数等を指定して発注したり、労働者の人数や労働時間に比例する形で料金決定したりすることに合理的な理由がある場合もあります。このような場合には、契約・精算の形態のみによって発注者が請負労働者の配置決定に関与しているとは言 えず、労働者派遣事業又は労働者供給事業と直ちに判断されることはありません。

問題は、請負契約において人月単価を採用する場合です。そもそも、人月単価での報酬算定は請負にはなじみませんから、何らかの理由でこのような定めをする場合には、慎重な検討が必要となります。

作業内容の確認書

よくあるのは、作業者が発注者に作業内容・作業時間の報告書を提出し、これについて発注者の承認印の欄があるケースです。人月単価の場合には、むしろそのような形が通常かもしれません。
これについては、発注者が「承認」するということは、発注者が労務管理の最終決定権限を持っている、ひいては指揮命令をなしていることを推認させますので、せめて「確認」印程度にしておくべきです。

責任者の選任

発注者、受注者の双⽅が責任者を選任して、作業指⽰は責任者同⼠でやり取りすることが、偽装請負を回避する上で非常に重要なポイントですので、責任者の選任や連絡方法について契約書で定めることが有益です。

作業者の⼈選

受注者が⾃らの責任で受注した業務を遂⾏するということは、作業者の⼈選も受注者に任せるということです。よく作業者の交代を発注者が求めることができるというような規定が⾒られますが、これは、発注者による受注者における業務処理への介入を推認させてしまいますので、 可能であればこのような規定は置くべきではないと考えられます。

労務管理責任

当然のことではありますが、労務管理責任を受注者が負うということを明記すべきです。併せて、発注者には直接の業務指⽰をしないことを義務付ける規定を置くと有益でしょう。

運⽤上の注意点

管理責任者の常駐

管理責任者は原則として作業場所に常駐し、発注者と作業者の意思疎通を仲介すべきです。
なお、複数の案件を受注しており、現場が多数あるような場合には、管理責任者を1つの現場に常駐させるのが難しいケースがあります。

このような場合を想定して、質疑応答集のQ8では、「管理責任者が業務遂⾏に関する指⽰、労働者の管理等を⾃ら的確に⾏っている場合には、管理責任者が常駐していないことだけをもっ て、直ちに偽装請負とは判断」しないとされています。
したがって、リモートでの管理が適切にできるのであれば、常駐させることは必須ではありません。

作業者への連絡はせめてCCで

発注者による作業者への連絡は、その内容次第で指揮命令と捉えられてしまいますから、作業者を含めたグループでメッセージをやり取りすることなどは極力避けるべきです。
作業者にも情報共有が必要な場合には、宛先を管理責任者として連絡し、作業者はCCに⼊れる程度に留めるべきでしょう。

運用面の実態が最も重要

偽装請負の判断においては、実態が最も重視されます。
たとえ契約書等で「発注者は作業者に直接指揮命令しない」などと規定していたとしても、実際にはこれをしてしまっている場合には、当然ながら偽装請負であると判断されます。
したがって、偽装請負対策は、契約書等の形式面ももちろん重要ですが、実態面の整備が最も重要であることを意識することが大切です。

まとめ

以上、偽装請負回避のポイントを解説しました。
注意して頂きたいのは、偽装請負を回避することが目的となってはいけないということです。労働力の提供を目的とするのであれば、素直に労働者派遣の形態を検討すべきです。

また、上記した点を全て⾏えば必ず偽装請負を回避できるわけではありません。37号告⽰は、「かつ」で結ばれた要件が多く、以上で言及した他にも多くの遵守事項があります。

偽装請負は、厚労省の指導でも多い事例であり、当局も注視していますから、実際の対策の際は、必ず専⾨家に相談されることをお勧めします。

本記事に関する留意事項
本記事は掲載日現在の法令、判例、実務等を前提に、一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、個別の事案に対応するものではありません。個別の事案に適用するためには、本記事の記載のみに依拠して意思決定されることなく、具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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