発行体が投資を受けるとき、エンジェル投資家でもない限りは、投資契約書の締結を要求されます。
初めて外部資本を受け入れるような場合、経営者としては、投資家側から出てきた投資契約書をそのまま受け入れてしまうことも少なくありません。
しかしながら、投資契約には経営上の重要な事項が多数規定されており、そのまま受け入れるのは極めて危険です。そこで、本稿では、発行体の立場から投資契約書の要点を解説します。
なお、複数の投資家がいる場合には、投資契約とは別に、株主間契約の締結を求められることになります。ある事項を投資契約で定めるか株主間契約で定めるかは、ケースバイケースですが、ここでは、投資契約で一般的に定められる事項について解説します。
1.投資家の属性
まず意識する必要があるのは、投資家の属性です。
エンジェル投資家であれば、さほど厳しい条件は求めてきませんが、VCの場合は、VCの雛形がありそれをぶつけてきます。
また、VCの場合は償還期限がありますから、それを理由に株式を手放さなければならないこともあります。
また、海外の投資家の場合には、外為法上の届出の要否を検討する必要もあり、投資実行スケジュールが延びる可能性もあります。
事業会社やCVCの場合は、事業シナジー狙いで出資していることが多いため、投資契約において厳しい条件を求めることは少ないものの、投資慣れしていない場合には、VCにならって不相応に厳しい条件を求めてくることも少なくありません。
このような投資家の属性を意識しておくことで、投資契約の交渉方針にも目処を立てやすくなります。
2.資金使途
多くの場合、受け入れた投資資金の使途を限定されます。
投資家としては、投資したお金を企業価値向上に使ってもらい、なるべく高額でEitするのが目的ですから、当然のことです。
一方、発行体側としては、お金に色はないので、何に使うかは自分で決めたいと思うかもしれません。しかし、逆に言えば、投資家も資金使途違反を立証することは困難ですから、あまり資金使途で争う実益はないと思います。
3.表明保証
投資家の属性によって大きく変わってくるのはここです。
VCの場合、背後の出資者の手前いい加減な投資はできませんから、厳しい表明保証を求めてくるのが通常です。
発行体の立場からは、潜在債務の不存在や、第三者の権利の非侵害などは保証することが困難な場合が多いのが実情でしょう。
そのため、「知る限り」との主観的限定をかけたり、「重要な点で」などの客観的限定をかけることが検討されます。
4.取締役/オブザーバー派遣
投資家としては、出資した会社に成長してもらわないと意味がないことから、特にVCの場合は、取締役の派遣を受け入れるよう求めてくることがあります。これには、発行体をモニタリングする意味もあります。
発行体としては、取締役として受け入れた場合、取締役会において議決権を持たれてしまうことから、せめてオブザーバー派遣に留められないかを検討すべきでしょう。そもそも、取締役として迎えた場合、その取締役は、VCの立場からVCの利益も考慮しなければなりませんから、根本的に利害対立があります。そのため、利益相反・特別利害関係が生じる場面が多くなり、取締役会のオペレーションも煩雑になることも理解しておくべきです。
また、取締役であれオブザーバーであれ、経営上の重要情報が筒抜けになりますから、秘密情報の管理は、秘密保持義務を課すなどにより慎重になす必要があります。
5.優先引受権
投資家による出資後に、発行体が新たな資金調達をする場合、当然ながら投資家の持株比率は低下し、株価のダイリューションも起きます。
そこで、投資家としては、出資後の新株発行時には、投資家も持株比率を維持できる範囲で優先的に引き受けることができる権利を求めるのが一般的です。
ここでの発行体の立場からのポイントは、新株予約権の発行も優先引受権のトリガーとするかを確認したうえ、する場合は、一定割合未満のストックオプション(SO)としての発行はトリガーから除外するよう求めることです。
特に上場を目指すベンチャーの場合は、まだ株価が低い時点で、役職員に対してインセンティブ目的でのSOを発行するケースが多いです。そのようなときまで優先引受権が発動してしまうと不都合ですし、投資家も一定数未満までは予見可能ですので、投資家が除外に応じる例も少なくありません。
除外する場合、10%未満のSO発行を除外する例が比較的多いです。
6.契約違反時の買取義務
表明保証違反その他の投資契約違反があった場合、投資家としては、話が違うということで、投資を引き揚げることを検討します。よって、多くの場合、株式を発行体や経営株主が買い取る義務を負わされます。
ここでの発行体の立場でのポイントは、買取請求権のトリガーをどう設定するかと、買取請求権行使時の買取価格の設定です。
前者については、事前通知や事前承諾取得漏れなどの軽微な投資契約違反がトリガーになってしまうとリスクが大きいため、「重要な」違反に限定するなどの発想が必要です。
後者については、通常は、①投資家の払込金額、②財産評価基本通達に定められた「類似業種比準価額方式」に従い計算された金額、③貸借対照表上の簿価純資産に基づく純資産額ベース、④直近取引事例における譲渡価格ないし発行価格、⑤合意した算定機関が算出した額、の「いずれか高いもの」を買取価格とされます。ここは、この場面での買取請求はある種サンクションであるため、やむを得ない面はあるものの、不相当に高額で買取義務が生じてしまうリスクが高いことから、複数の数値の平均値を買取額とするなどの交渉は、あってよいかと思います。
なお、発行体が取得する場合は財源規制が適用されますから、取得できる数には限りがあります。
そこで、発行体と経営株主が、信頼できる第三者を見つけてきた場合には、当該第三者において買い取ることができるようにしておくことも検討に値します。
7.契約の終了事由
投資契約の終了事由は、①全当事者が合意した場合、②投資家が全株式を手放した場合、③IPOを申請した場合、などが典型例です。
発行体としては、②と③が交渉ポイントになります。
②については、投資家が全株式を手放した場合に終了するのはいいとして、一部の株式を手放した場合にどうするかということです。この場合、投資家の持株比率が投資契約締結時から低下していますから、投資契約の内容を、当時のまま維持してよいかということを考える必要があります。場合によっては、影響力が小さくなったわけですから、持株比率が一定割合を下回ったときは一部の条項の効力を停止するなどの交渉もあり得ると思われます。
③については、東証の要請により、IPO申請時には投資契約は解除する必要があるためですが、投資契約の中には、「東証による上場承認時」や「上場時」などにはじめて、投資契約が終了(ないし効力停止)すると定めている例が見られます。
しかし、これらは適切ではありません。東証審査において、存続する投資契約がないかが審査されるわけですから、遅くとも上場申請時には終了させる必要があります。さらに言えば、「主幹事証券会社から求められたとき」などとするのが、発行体としてはよりセーフティーです。
本記事に関する留意事項
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