同一労働同一賃金に反するため就業規則が無効とされた事例の解説(長澤運輸事件)

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(本記事は、過去に当職が執筆した記事を改変して掲載するものです)

同一労働同一賃金とは、職務内容が同一又は同等の労働者に対し同一の賃金を支払うべきという考え方で、安倍政権下において、1億総活躍社会の実現施策の一環として注目されました。現在は、長澤運輸事件、ハマキョウレックス事件、日本郵便事件などで同一労働同一賃金が争点とされ、裁判所の判断が蓄積されてきています。本稿では、このうち長澤運輸事件を取り上げ、企業としての対策を考えていきます。

事案の概要

被告長澤運輸は、セメント輸送事業等を営む株式会社であり、原告らは被告で正社員として就労し定年を迎えた後、被告の採用する定年後再雇用制度により、嘱託社員として有期労働契約を締結しました。
なお、原告らは定年退職の前後を通じて乗務員として業務に従事しており、再雇用後も正社員である乗務員と同一の業務内容で、かつ業務に伴う責任の程度に違いがありませんでした。また、労働契約において、被告の業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更することがある旨が定められ、これと同旨の規定は正社員の就業規則にも定められていました。
原告らは、正社員より低い賃金を定めた被告の嘱託社員用就業規則の規定は労働契約法20条により無効であり、嘱託社員についても正社員用就業規則が適用されるべきであると主張し、正社員同様の賃金支払を求めました。

地裁の判断

判断枠組み

まず、裁判所は要旨以下のように述べて、処遇の相違が労働契約法20条に違反して不合理なものと認められるか否かについての判断枠組みを示しました。

労働契約法は、処遇の相違が不合理か否かの判断要素として、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置変更の範囲のほか、③その他の事情を掲げており、一切の事情を総合的に考慮することになるが、法文上明示されていることから、とりわけ①②が重視される。また、有期契約労働者と並んで非正規労働者と位置づけられることの多い短時間労働者については、パートタイム労働法(現)9条が、正社員と職務内容が同一で、職務内容及び配置が正社員と同一の範囲で変更されると見込まれるものの差別的取扱禁止(均等)を定めている。よって、有期契約労働者についても、職務内容並びに職務内容及び配置の変更範囲が正社員と同一であるのに、賃金に差を設けることは、これを正当と解すべき特段の事情がない限り、不合理であるとの評価を免れない。

あてはめ

次に、具体的な判断としては、本件では、正社員と同一の業務内容で、配置変更の範囲も同じであるから、正当と解すべき特段の事情の有無が問題となるとし、この点について、概要以下の理由から特段の事情はないと判断しました。

  • 被告の定年後再雇用制度は、高年齢者雇用安定法により義務付けられた高年齢者雇用確保措置であり、定年前の業務と同じ業務に従事させるかはさておき、再雇用後の賃金を定年前から引き下げることが多いのは公知の事実であり、それ自体には合理性がある。しかしながら、定年の前後で職務内容並びに職務内容及び配置変更の範囲が全く変わらないまま賃金だけを引き下げることが、企業一般において広く行われているとまでは認められない。
  • 被告の定年後再雇用制度は、賃金コスト圧縮の手段としての側面を有していると評価されてもやむを得ず、しかも、賃金コスト圧縮を行わなければならない財務状況ないし経営状況ではなかった。
  • 定年後再雇用制度が年金と雇用の接続という合理性を有していたとしても、そのことから直ちに、同一業務に従事させながらその賃金水準だけを引き下げることに合理性があることにはならない。

結論

以上から、裁判所は、労働契約法20条違反を認定し、嘱託社員用就業規則は無効と判断しました。そして、被告の正社員用就業規則が、原則として全従業員に適用され、嘱託社員についてはその一部を適用しないことがあるとされていたことからすれば、「嘱託社員の労働条件のうち無効である賃金の定めに関する部分については、これに対応する正社員就業規則その他の規定が適用されることになる」として、被告に対する正社員の賃金との差額の支払い請求を認めました。

高裁・最高裁の判断

地裁判決が、不合理性の判断では①職務内容、②職務内容及び配置変更の範囲が重視されるとしたのと異なり、高裁・最高裁は、③その他の事情も幅広く総合的に考慮すべきと判断しました。さらに、各賃金項目について個別に不合理性を判断すべきとしました。

その上で、高裁では全ての手当等について不合理でないとされた一方、最終的に最高裁は、精勤手当と超勤手当については不合理であるとし、認められた場合に最もインパクトがあるであろう賞与については、待遇差は不合理ではないとしました。賞与についての具体的な判示内容は次の通りです。

「賞与は、月例賃金とは別に支給される一時金であり、労務の対価の後払い、功労報償、生活費の補助、労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものである」「嘱託乗務員は、定年退職後に再雇用された者であり、定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか、老齢厚生年金の支給を受けることが予定され、その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されている」

「また、本件再雇用者採用条件によれば、嘱託乗務員の賃金(年収)は定年退職前の 79%程度となることが想定されるものであり、嘱託乗務員の賃金体系は、前記アで述べたと おり、嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら、労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容にな っている」

「これらの事情を総合考慮すると、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり、正社員に対する賞与が基本給の 5 か月分とされているとの事情を踏まえても、 正社員に対して賞与を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法 20 条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である」

解説

厚労省通達との関係

定年後再雇用制度に絡む不合理性の判断については、労働契約法に関する厚労省の施行通達(平成24年8月10日基発0810第2号)では、「例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解される」と言及されていますが、この通達の見解は、定年の前後で職務内容・配置変更等の範囲が変更されることが一般的であるとの理解を前提としたものですから、その前提が崩れている場合について判断した地裁・最高裁判決は、この通達の見解と直ちに矛盾するものではないと言えます。

職務内容の同一性について

地裁判決の打ち出した厳格な判断枠組みは、職務の内容・配置変更等の範囲が共に同一であることが前提ですが、本件では、この同一性がいずれもあっさり肯定されています。
この点、本件では、原告の職務内容が「乗務員」という現業的な(ブルーカラー的な)単純労働であったため、職務内容の同一性を認めやすかったものと想像されますが、仮に裁量のあるホワイトカラー的な労働者の場合には、職務内容の同一性が激しく争われるケースは十分考えられます。
なお、配置変更等の範囲の同一性については、ニヤクコーポレーション事件(大分地裁平成25年12月10日判決)において、就業規則上正社員と準社員とで書き分けられていたものの、正社員であっても転勤・出向の実例が少なく、また、チーフ、グループ長、運行管理補助者などに準社員も任命されていたという実態を重視し、「正社員と準社員の間で、配置の変更の範囲が大きく異なっていたとまではいえない」と結論付けられているのが参考になります。

企業側の対策

本件は、最終的に一部の手当のみが不合理とされるにとどまりましたが、いずれにせよ、企業としては、以下の検討を十分に行った上で賃金制度を定めることが必要になります。

  • 正社員と、有期契約社員やパートタイム労働者との間に、支給される基本給の額や手当の額に相違はないか。
  • ある場合、正社員と、その有期契約社員やパートタイム労働者は、職務内容・配置変更等の範囲が同一か。
  • 同一の場合、なぜ賃金に相違を設けているのかを合理的に説明できるか。

なお、本件がそうであるように、不合理性の判断は、地裁・高裁・最高裁で三者三様となりうるため、検討にあたっては、可能な限り保守的に考えておいた方が無難でしょう。

 

 

本記事に関する留意事項
本記事は掲載日現在の法令、判例、実務等を前提に、一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、個別の事案に対応するものではありません。個別の事案に適用するためには、本記事の記載のみに依拠して意思決定されることなく、具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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