ベンチャーにおけるストック・オプション発行の実務−税制適格SOを念頭に(令和6年税制改正対応)

ファイナンス
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上場を目指しているベンチャー企業においては、上場に向けたインセンティブ付与等の目的で、役職員にストック・オプション(SO)を発行することが一般的に行われています。そして、当該SOは、税務メリットを享受するため、いわゆる「税制適格SO」として発行する場合が多いです。そこで、本稿では、税制適格SO発行時の手続や注意点について、解説します。

1.税制適格SOとは

税制適格SOは、一定の要件を満たせば、税制上の優遇を受けられるというSOです。優遇のポイントは2点で、①課税時期の繰延べ(通常のSOは、権利行使時に行使価額と株式取得時の時価との差額に課税され、さらに、株式売却時に株式取得時の時価と売却価額との差額に課税される一方、税制適格SOは、権利行使して株式を取得し、その後に株式を売却した時点で、行使価額と売却価額との差額に課税される)、②税率の低下(通常のSOは給与所得として扱われるため、税率は最大55%である一方、税制適格SOは譲渡所得として扱われるため、税率は20%)となります。

ここまでの説明で分かる通り、税制適格SOでメリットを受けるのは、付与対象者(役職員)であって、会社には直接のメリットはないことに注意してください(役職員の満足度向上などの副次的効果はあるでしょうが)。

そして、税制適格SOとみなされるための要件のうち、主要なものは以下のとおりです。

  1. 対象者
    自社又は子会社の取締役と従業員のみ。大株主(3分の1超)保有者やその親族等も不可。
  2. 行使価格
    割当契約締結時の時価以上の金額にする必要あり。
  3. 行使期間
    付与決議の日から2年経過後10年経過までとする必要あり。
  4. 権利行使限度額
    年間1200万円まで。
  5. 譲渡禁止
    譲渡不可なものとする必要あり。
  6. 証券会社等による保管
    権利行使により取得した株式につき、発行会社と証券会社等との間であらかじめ管理等信託契約を締結し、権利行使後に、株式を証券会社等で保管等する必要あり。

【2024.8.9追記】

2023年、2024年の租税特別措置法の改正で、上記のうち次の事項が改正されました。

1→一定の要件を満たす社外高度人材も対象に。
3→設立5年未満の非上場会社は、付与決議の日から2年経過後15年経過する日までとする必要あり。
4→要件を満たす会社で、年間2400万円又は3600万円まで拡大。
6→発行会社自身による管理スキームも可能に。

3は、ディープテックなどの事業化まで長期間を要するスタートアップを想定して権利行使期間が延長されたものです。
6は、上場前に保管委託を受けてくれる証券会社等は限られており、事実上M&AでのEXITの阻害要因になっていたため、改正されました。

また、2023年7月の国税庁通達で、次の事項の取扱いが明らかになりました。

2→株価算定ルールが明確化(セーフハーバー)。非上場株式の場合、一定の場合に純資産価額方式での算定も可能に。

ただし、このセーフハーバー・ルールを活用した結果、会計上の株価と差額が生じる場合、差額分が株式報酬費用となる可能性があると指摘されている点には留意が必要です。

2.発行手続

発行手続は、大まかには以下のとおりです。なお、非公開会社・取締役会設置会社が、第三者割当・総数引受方式で発行することが多いため、その前提で記載しています。

  1. 株主総会決議
    →募集事項決定(特別決議)、(取締役にも付与する場合)報酬決議(普通決議)
  2. 取締役会決議
    →募集事項(細目)決定、付与対象者決定、総数引受契約の承認等
  3. 割当契約締結
    →付与対象者との間で割当契約を締結
  4. 登記
    →SOを発行から2週間以内に登記申請

3.発行要項・割当契約の留意点

⑴ 行使条件

税制適格SOに限らず、SOにおいてはいくつかの行使条件を付するのが一般的です。以下に代表的なものを挙げます。これらは、インセンティブ付与目的やリテンション目的(退職防止)で付されます。

  1. 上場条件
    上場後でないとSOを行使できない、という条件です。なお、税制適格とするためには、行使期間を付与決議から10年(又は15年)経過する日までとする必要があることとの関係で、上場準備に10年又は15年以上要する場合には、結果として行使できなくなってしまいますので注意してください(意図してそんなに長期の準備期間を念頭に置くことはありませんが、上場準備の中で障害が発生することはままあり、そうこうしているうちに10年又は15年経過してしまうということがあってもおかしくありません。)。

    【2024.8.9追記】
    これまで、上場条件は、保管委託要件との関係で上場後に行使せざるを得なかったこと、また上場までのリテンション目的で設定されていたと思われます。しかしながら、令和6年税制改正で自社管理が可能になったことや、M&AでのEXITも増えてきていることから、今後、上場条件をつけない、又はつけるとしても内容を工夫する、といった事例が増えてくる可能性があります。

  2. 在籍条件
    会社に在籍していることをSO行使の条件とするものです。そもそも、取得事由において、退職時には無償取得することが一般的ですが、念の為併せて規定することが多いです。
  3. べスティング条件
    段階的に行使可能な割合を増やしていくものです(例えば。「3年経過後は30%、5年経過後は60%、7年経過後は100%を行使可能とする」等)。これは、主にはリテンション目的の条件ということになります。
  4. 業績条件
    営業利益が●円を超えた場合に行使可能とする、などの条件です。非上場会社で業績条件を設定することはあまりない一方、上場会社ではよく見られる条件です。これは、主にはインセンティブ付与目的の条件ということになります。

⑵ 取得事由

SOは、予め発行要項で定めておくことで、一定の事由が生じたときに会社が無償で取得することができます。一般的には、付与対象者の退職、就業規則上の懲戒事由該当、死亡、などを取得事由として定める例が多いです(ただし、死亡の場合は相続人による行使を認める例もあります。)。

SOの取得は、SO発行後の相談の中でも比較的多く相談を受ける部分です。これについては、「新株予約権の消滅」(会社法287条)なのか、無償取得なのか、無償取得だとして、会社法236条1項7号イ(当然取得)なのか、同号ロ(取締役会決議による取得)なのかを、発行要項の段階で、意識して規定しておくことが肝要です。

⑶ 行使価格

上記1のとおり、税制適格SOとする場合には、割当契約締結時の時価以上と定める必要があります。時価の算定については、算定機関等に依頼し、エビデンスとして算定書を取得しておくのが確実です。

なお、セーフハーバー・ルールについては、上記「1 税制適格SOとは」を参照してください。

⑷ 行使期間

上記1のとおり、税制適格SOとするには、付与決議の日から2年経過後10年(又は15年)経過までとする必要があります。ここで問題になるのは、募集事項を決定した株主総会と、その後の取締役会が別日の場合に、「付与決議の日」とはいつか、ということです。この点については、明確な答えがないため、実務上は、いずれもが「付与決議」に当たる前提で、行使期間を定めるのが無難です。

⑸ 譲渡禁止

上記1のとおり、税制適格SOとするには、SOを譲渡禁止とする必要があります。ただ、注意として、譲渡禁止のSOを発行するのは、SOの自由譲渡性(会社法254条1項)との関係で問題があるということです。よって、実務的には、発行要項内では譲渡制限付きのSO(会社法236条1項6号参照)にとどめておきつつ、割当契約において、譲渡禁止条項を設けることになります。

4.まとめ

以上、税制適格SOの要件や手続を解説しました。上記の他にも、SO発行は登記が必要ですから、登記手続も意識した手続進行がポイントになります。要件を欠いてしまうと、発行し直しはできませんから(もちろん、別のSOとして新たに発行することは可能)、手続を進めるにあたっては、事前に専門家に十分相談されることをおすすめします。

本記事に関する留意事項
本記事は掲載日現在の法令、判例、実務等を前提に、一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、個別の事案に対応するものではありません。個別の事案に適用するためには、本記事の記載のみに依拠して意思決定されることなく、具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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