IPO準備で後回しにしがちな社内ルール・ガバナンス整備の実務

積み重なる半透明のレイヤーを貫く中央の垂直な軸。社内ルールとガバナンスの多層的な整備を象徴する抽象イラスト 企業法務一般
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IPO準備というと、資本政策や監査法人・主幹事証券の選定、業績づくりといった「攻め」の論点に意識が向きがちです。ところが実際に上場審査の局面で足を引っ張るのは、日々の業務のなかで後回しにされてきた社内ルールやガバナンスの整備であることが少なくありません。事業が伸びている時期ほど、規程づくりや管理体制の構築は「あとでまとめてやればよい」と先送りされます。しかし、これらは一朝一夕には整わず、審査の直前になって慌てても間に合わないものが多いのが実情です。

ここでは、成長企業がIPOを見据えるときに、早い段階から手をつけておくべき社内ルール・ガバナンスの論点を、実務的な観点から整理します。

労務管理は「過去にさかのぼって直せない」領域

後回しにされやすく、かつ後から取り返しがつきにくい代表格が労務管理です。急成長期のスタートアップでは、みなし残業や固定残業代の運用が曖昧なまま走り出し、勤怠を正確に把握する仕組みが整っていないケースがよくあります。問題になりやすいのは、未払残業代の潜在的な債務です。上場審査では過去の労務実態が確認され、未払いが判明すれば、さかのぼった精算や体制の是正を求められます。

労働時間の管理は、労働基準法上、使用者に課された基本的な義務です。労働基準法第32条は「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない」と定めており、時間外・休日労働をさせるには、いわゆる36協定の締結・届出が前提になります。実務では、次の点をあらかじめ整理しておく必要があります。

  • 労働時間を客観的に記録する仕組み(打刻・ログ等)が整っているか
  • 36協定が適切に締結・届出され、特別条項の運用が実態と合っているか
  • 固定残業代を採用している場合、その金額・時間数の内訳が明示され、超過分が別途支払われているか
  • 管理監督者の範囲を、役職名だけでなく実態に即して判断しているか

労務は、いったん未整備のまま人員が増えると、是正のコストが雪だるま式に膨らみます。従業員数がまだ少ないうちに基盤を作っておくことが、結果的にもっとも負担の軽い進め方です。

関連当事者取引と利益相反の管理

創業初期は、経営者やその親族が関係する会社との取引、役員個人からの借入れ、経営者の個人資産を会社が利用する、といった「身内での取引」が自然に発生します。事業を回すうえでは合理的でも、上場を目指す局面では、これらの関連当事者取引が公正な条件で行われているか、そして適切な手続を経ているかが厳しく見られます。

会社法上、取締役が自己または第三者のために会社と取引をする場合や、会社が取締役の債務を保証する場合などは、利益相反取引として取締役会(取締役会非設置会社では株主総会)の承認が必要とされています。実務では、次のような整理が求められます。

  • 関連当事者との取引を一覧化し、取引条件が第三者との取引と比べて不利・有利になっていないかを検証する
  • 利益相反に該当する取引について、取締役会の承認手続を経た記録を残す
  • 上場までに解消すべき取引(役員貸付・個人保証等)を洗い出し、計画的に整理する

後から揉めやすいのは、当時は問題意識がないまま続けてきた取引です。早い段階で棚卸しをしておけば、解消の時間的な余裕を確保できます。

規程と内部統制の「実質」を作る

IPO準備が本格化すると、就業規則・稟議規程・職務権限規程・内部監査規程など、多数の社内規程を整える必要があります。ここで陥りやすいのが、ひな形をそのまま流用し、体裁だけ整えてしまうことです。審査で見られるのは規程の存在そのものではなく、規程どおりに業務が運用されている実質です。

あらかじめ意識しておきたいのは、次のような点です。

  1. 職務分掌と決裁権限が明確で、一人の担当者に業務が集中していないか(発注・検収・支払の分離など)
  2. 稟議・承認のプロセスが記録として残り、実際にそのとおり運用されているか
  3. 取締役会が形式的な追認の場になっておらず、重要事項が実質的に議論されているか
  4. 内部監査の機能が確保され、指摘事項が改善につながる仕組みがあるか

規程と実態が乖離していると、審査の過程で「運用が伴っていない」と評価され、是正に時間を要します。規程は作った時点がゴールではなく、運用を回し始めてからが本番だと考えておくとよいでしょう。

反社会的勢力の排除体制と資本政策の管理

反社会的勢力の排除体制も、後回しにされやすい一方で必須の整備事項です。取引先・株主・役員のスクリーニング体制、契約書への暴力団排除条項の導入、チェックの記録化を、早い段階から仕組みとして回しておく必要があります。上場直前になって過去の取引先を一斉に確認しようとしても、記録が残っていなければ検証は困難になります。

また、資本政策・株式の管理も見落とされがちです。ストックオプションの発行内容や付与対象、種類株式の内容、株主名簿の整備状況は、上場審査で必ず確認されます。過去の発行手続に瑕疵があると、後から是正するのは容易ではありません。株主が増える前に、発行手続の記録と株主名簿を正確に整えておくことが重要です。

段階的な選択肢としてのプロマーケット

なお、上場準備の負担を段階的に分散する選択肢として、TOKYO PRO Market(プロマーケット)を活用するという考え方もあります。プロマーケットはプロ投資家向けの市場で、内部統制報告書(いわゆるJ-SOX対応)が不要とされ、形式的な財務基準もないため、一般市場への直接上場に比べて準備負担が軽い面があります。J-Adviserと呼ばれる認定機関が上場適格性の判断や継続的な支援を担う仕組みです。

一方で、市場の流動性が限られる、J-Adviserへの費用が継続的に発生する、BtoC事業では一般上場に比べて認知効果が小さい、といった留意点もあります。プロマーケットを「前段階」として位置づけ、将来的にグロース市場等へ移行するステップアップ上場を設計する企業もあります。どの市場を目指すかによって、整えるべきガバナンスの水準や時間軸も変わってきますので、早い段階で方針を検討しておくとよいでしょう。

まとめ

社内ルールとガバナンスの整備は、地味で時間がかかるうえに、事業の売上に直接つながるわけではないため、どうしても後回しになりがちです。しかし、労務・関連当事者取引・規程運用・反社チェック・資本政策のいずれも、過去にさかのぼって短期間で整えることは難しく、上場準備のなかでもっとも「時間を味方につける」べき領域です。人員がまだ少なく、取引や株主の数も限られているうちに着手しておくことが、結果的にもっとも負担が軽く、確実な進め方になります。上場を意識し始めた段階で、現状の棚卸しと整備計画の策定に取りかかっておくことをおすすめします。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の法律問題についての法的助言を構成するものではありません。個別の事案については、弁護士にご相談ください。

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